大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成5年(行ケ)162号 判決

東京都港区三田3丁目2番6号

原告

日本エンヂニヤー・サービス株式会社

同代表者代表取締役

澤田浩二

同訴訟代理人弁理士

澤木誠一

澤木紀一

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

藤文夫

幸長保次郎

吉野日出夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成2年審判第21019号事件について平成5年7月30日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和62年2月10日、特許庁に対し、名称を「漏洩検知機構を有する地下タンク」とする発明について特許出願(昭和62年特許願第27098号)をしたが、平成2年9月28日、拒絶査定を受けたので、同年11月26日、審判を請求したところ、特許庁は、この請求を平成2年審判第21019号事件として審理し、平成5年7月30日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年8月25日、原告に対し送達された。

2  特許請求の範囲第1項に記載された発明の要旨

液体を入れる内側タンクと、この内側タンクに覆せた外側タンクと、これら内側及び外側タンク間に微小間隙を形成するため前記内側タンクの外周に巻回した薄肉網シートと、前記内側及び外側タンクの上部よりこれらを貫通して延び前記内側及び外側タンクの底部位置部分で前記微小間隙に開口する導管と、この導管内に配置されたフロートと、このフロートの位置検知機構とより成ることを特徴とする漏洩検知機構を有する地下タンク(別紙図面(1)参照、以下「本願第1発明」という。)

3  審決の理由の要点

(1)  本願第1発明の要旨は前項に記載のとおりである。

(2)  昭和59年特許出願公開第134188号公報(以下「引用例」といい、同引用例記載の発明を「引用発明」という。)には、次のような発明の記載がある。「液体を貯蔵する内側タンクと、内側タンクの外側に空間をおいて形成した外側タンクと、内側タンクと外側タンクの間に空間を形成するために介在させた適数のスペーサと、内側及び外側タンクの上部外面からこれらを貫通して延び、内側及び外側タンクの底部位置部分において内外タンクの間の空間に開口する直管を設け、タンクの被損等による漏洩を検査する手段を備えた地下2重タンク」(別紙図面(2)参照)

(3)  本願第1発明と引用発明とを比較、検討すると、引用発明における「地下2重タンク」、「空間」及び「直管」は、それぞれ、本願第1発明の「地下タンク」、「間隙」及び「導管」に相当するから、両発明は、

「液体を入れる内側タンクと、この内側タンクに覆せた外側タンクと、これらの内側及び外側タンク間に形成された間隙と、内側及び外側タンクの上部よりこれらを貫通して延び、前記内側及び外側タンクの底部位置部分で間隙に開口する導管と、この導管を用いてタンクの破損等による漏洩を検査する手段とよりなる漏洩検知機構を有する地下タンク」

において一致し、次の点で相違する。

ア 内側及び外側タンクの間に形成された間隙について、本願第1発明においては、それが、微小間隙であって、内側タンクの外周に巻き回した薄肉網シートにより形成されているのに対し、引用発明においては、薄肉網シートを備えておらず、その間隙が微小なものであるか否かについて定かではない点(以下「相違点〈1〉」という。)

イ 導管を用いてタンクの破損等による漏洩を検査する手段について、本願第1発明においては、それが、導管内に配置されたフロートと、フロートの位置検知機構とからなっているのに対し、引用発明においては、そのようなフロート及びフロートの位置検知機構を備えていない点(以下「相違点〈2〉」という。)

(4)  そこで、上記相違点について検討する。

ア 相違点〈1〉について

2重構造の地下タンクにあって、内側タンクと外側タンクに相当する内側板と外側板との間に、間隙を形成するべく網状の芯体を介在させることは、本出願前において周知の技術である(必要ならば、例えば、昭和57年特許出願公開第77485号公報等参照。なお、同公報を、以下「審決摘示の周知例」といい、同公報に記載された発明を、以下「審決摘示の周知発明」という。)。したがって、内側タンクと外側タンクとの間に空間を形成するため、引用発明において介在させたスペーサに代えて、内側タンクの外周に巻き回した網シートによって間隙を形成することは、当業者が、格別の困難を伴うことなく、容易に想到しうる程度のものと認められる。

また、引用発明においては、間隔空間の厚さや寸法等について格別記載されていないのに対し、本願第1発明においては、網シートを薄肉なものとし、間隙を微小間隙と特定しているが、それらの厚さや寸法をどの程度のものにするかは、当業者が、必要に応じて適宜設定しうる程度の設計上の問題にすぎないものと認められる。

よって、相違点〈1〉に係る本願第1発明の構成は、当業者が引用発明及び前記周知技術から容易に想到しうる程度のものと認める。

イ 相違点〈2〉について

容器内の液体等の液位や水位の変動を検出するために、容器内や容器に付設する管内に配設するフロートと、このフロートの位置を検出する検知機構とからなる手段を用いることは、本出願前に通常一般に行われている周知慣用の技術であり、また、引用例には、従来技術として、2重タンクの破損等による漏洩の検知方法について、内外タンクの空間に液を満たし、その液位の変化を調べることが記載されている(1頁下右欄19行ないし20行)。したがって、タンクの破損等による漏洩を検査する方法として、この種の技術を、引用発明における手段に代えて採用し、相違点〈2〉に係る本願第1発明のような構成とすることは、当業者が、格別の困難を伴うことなく容易に想到しうる程度の事項である。

ウ そして、本願第1発明は、その全体構成からみても、引用発明及び前記の周知技術から予測できる作用効果の総和以上に、顕著な作用効果を奏するものとは認められない。

(5)  以上によれば、本願第1発明は、当業者が、各引用発明に基づいて容易に発明することができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。

同(4)アは否認する。同(4)イは認める。同(4)ウは否認する。

同(5)は争う。

審決は、本出願における特許請求の範囲第2項記載の発明(以下「本願第2発明」という。)について判断を遺脱するとともに、本願第1発明と引用発明との相違点〈1〉について判断を誤ったものであるから、違法であり、取り消されるべきである。

(1)  本願第2発明についての判断の遺脱(取消事由1)ア 本出願に係る特許請求の範囲第1項には本願第1発明が記載され、また、同第2項には以下のとおり本願第2発明が記載されている。

「液体を入れる内側タンクと、この内側タンクの外周に巻回した薄肉網シート、この薄肉網シートの外周に布を密巻きし、樹脂を塗布硬化して形成した外側タンクと、前記内側及び外側タンクの上部よりこれらを貫通して延び前記内側及び外側タンクの底部位置部分で前記内側タンクと外側タンク間の微小間隙に開口する導管と、この導管内に配置されたフロートと、このフロートの位置検知機構とより成ることを特徴とする漏洩検知機構を有する地下タンク」イ ところで、本願第2発明は、本願第1発明の拒絶査定に対する審判請求時に、手続の補正により追加されたものであるが、審決は、本願第1発明についてのみ判断し、本願第2発明については、審理することなく、「本件審判の請求は、成り立たない。」と判断したものである。

ウ しかしながら、上記審判においては、本願第2発明についても審理が行われ、判断がなされるべきであったものであるから、審決には、同発明に対する判断を遺脱した違法があり、取り消されるべきである。

すなわち、

(ア) 特許法161条の2(平成5年法律第26号による改正前の規定)においては、審判請求に際し補正手続書が提出された場合には、再び審査に付すべきものとする、いわゆる審査前置制度が定められている。

また、同法161条の3第2項(前同)においては、上記審査がなされ、拒絶査定の理由と異なる拒絶理由を発見した場合には、特許出願人に対し、新たに拒絶理由を通知することが定められている。

以上のような特許法の定めに鑑みるならば、本件審判において、審判請求時に追加された本願第2発明についても審理がなされるべきであったことが明らかである。

(イ) 本願第2発明を追加する上記補正は、新たな発明が審判請求の時点において請求の範囲に加えられたものであるが、本件のように、これに対する審査がなされないとするならば、この新たな発明は、特許庁において審査を受ける機会を全く有しないことになる。

また、このことは、特許法195条3項の規定(昭和62年法律第27号による改正前の規定)、すなわち、補正により特許請求の範囲に記載された発明の数が増加した場合、増加分についての出願審査の手数料を納付することを要するとする規定及び同法48条の2における、「特許出願の審査は、その特許出願についての出願審査の請求をまって行なう。」との規定にいずれも反することになる。すなわち、上記手数料の追加納付は、審判において追加された発明に対する、審査請求の趣旨によりなされるものであり、審査官、審判官は、当然ながら特許法48条の2、47条に基づく義務を負うものである。

(ウ) 更に、上記の特許法195条3項及び48条の2は、本願のような併合出願について、発明毎に審査されるべきことを示している。

また、同法36条1項、2項(平成2年法律第30号による改正前の規定)においては、特許を受けようとする者は、所定事項を記載した願書を特許庁長官に提出すべきこと並びに願書には、所定事項を記載した明細書及び必要な図面を添付すべきことが記載されているが、これらの点を参酌すると、昭和62年法律第27号による改正前の特許法38条(以下「特許法旧38条」という。)本文は、複数の発明について、それに等しい数の特許出願をなすべきこと及びその場合、原則として、各特許出願毎に別個の願書を提出すべきことを定めたものと解される一方、同条但書は、各発明相互間に所定の関係があることを前提に、複数の特許出願を、同一の願書を用いて行うことができることを定めたものと解され、この場合には、発明の個数に応じた複数の特許出願が、客観的に併合されているものと解されるところである。

特許法旧38条をこのように解することにより、初めて、同法123条(特許の無効の審判)1項柱書(昭和62年法律第27号による改正前の規定、「この場合において、特許請求の範囲に記載された二以上の発明に係るものについては、発明ごとに請求することができる。」)及び同法185条(前同、特許請求の範囲に記載された二以上の発明に係る特許又は特許権についての特則)の各規定とも首尾一貫するものである。

(エ) 以上のとおりであるから、審決が本願第2発明について判断を加えなかったことは違法というべきである。

(2)  相違点〈1〉についての判断の誤り(取消事由2)

本願第1発明における「微小間隙」とは、内側タンクに、薄肉網シートを単に巻き回すことにより形成される、約0.2ミリメートル程度の間隙をいうものである。他方、引用発明及び審決摘示の周知発明における内側、外側タンク間の間隙は、数ミリメートル以上のものと推定され、また、本出願当時の技術水準では、2重タンク間に間隙を形成するに際し、これを0.2ミリメートル程度の微小間隙とする思想は、技術的にも全く考えられないところであった。したがって、審決が、本願第1発明における「微小間隙」の形成について、当業者が、引用発明及び周知技術から必要に応じて適宜設定しうる程度の設計上の問題にすきないと認定判断したことは、誤りである。

すなわち、

ア(ア) 引用発明における内側、外側タンク間の間隙4は、2重タンク間の長手方向に、間隔を置いて、適当な数のスペーサ3を設けることにより形成されており、上記スペーサ3の具体的な厚さは示されていないが、一般的な「間隙」の概念及び具体的な作業性等を考慮するならば、それが数ミリメートル以上のものであることは容易に想像される。

(イ) 審決摘示の周知発明においては、内側タンクと外側タンクとの間に間隔を形成するため、その間隔に等しい厚さの網状の芯体、又は、連通用透孔を穿設したハニカムを、上記タンクの間全体に介挿している。そして、上記芯体等は、シートとして内側タンクに巻き回されるものではなく、内側タンクに重ねるものとされており、外側タンクは、引用発明と同様に、筒状の鉄板のタンクを複数に分割したものを、溶接により連結することによって形成されるものである。したがって、審決摘示の周知発明における芯体等は、内側タンクの外側に配置されるところの、引用発明のスペーサと同様のものということができる。

また、審決摘示の周知発明においては、上記のとおり、内側及び外側のタンクの間にハニカムを介挿することも可能であるとされているが、ハニカム構造とする場合の工作性から考えても、上記タンク間の間隙は、数ミリメートル以上のものというべきである。

更に、審決摘示の周知例には、吸上点検パイプ5の下端5Bを、間隙2Cを通してタンク体1の底部付近にまで延ばし、開口させる実施例が記載されており(1頁右下欄末行ないし2頁左上欄2行、2図)、これからみても、上記パイプ5の外径、すなわち間隙2Cは、数ミリメートル以上であると推定できる。

(ウ) このように、本出願当時の技術水準においては、2重構造のタンク内に間隙を形成するに際し、これを0.2ミリメートル程度の微小間隙とする思想はなく、このことは、技術的にも全く考えられなかったものである(なお、乙第1号証(昭和59年特許出願公開第142984号公報)に記載された発明は、2重構造のタンクの内側、外側タンクの間に、間隔片を介挿することなく間隙を形成するものであって、タンクの漏れの検出という目的を達成することができないものであるばかりか、内筒の全周に渡って0.2ミリメートル程度の微小間隙を形成するということができないものである。)。

それにもかかわらず、本願第1発明においては、0.2ミリメートル程度の薄肉網シートを、内側タンクに単に巻き回すだけで、微小な間隙を形成したものであり、このことは、上記間隙の形成にあたり、薄肉網シート自体はつぶれても、網シートの網目が毛細管状となり、互いに連結された微小間隙として残ることが判明したことから、可能になったものである(審決摘示の周知発明においては、網状の芯体が潰れることは意図されておらず、また、芯体が潰れても所望の通気性のある間隙が形成されることは全く想定されていない。)。

イ ところで、本願第1発明の特許請求の範囲第1項の記載における「微小間隙」がどの程度の間隙を指すかについては、その記載から明確であるとはいえない。

このような、特許請求の範囲の記載中の不明確な記載については、明細書中の「発明の詳細な説明」欄の記載を参酌して定めるべきである。

そうすると、その記載からみて、上記「微小間隙」が0.2ミリメートル程度の間隙を意味するものであることは明らかである。

ウ また、2重構造のタンクの内側タンクと外側タンクとの間に間隔を形成するため、網状の芯体を介在させる技術については、審決記載のように、それが周知技術に該当するものとはいえない。

ある技術が周知技術に該当する場合とは、その技術についての公知文献が多数存在する場合、その技術が業界において知れ渡っている場合、又は、それが業界においてよく用いられている場合等に限って認められるべきであるが、本願第1発明のように、内側及び外側タンクの間に芯体を介在させる技術は、審決摘示の周知発明以外には存在しない(乙第3ないし第8号証に記載された発明、考案も、2重構造のタンクの内側タンクに薄い網状の芯体を巻き付け、微小間隙を形成するというものではない。)し、その技術が業界において知られていたということもない。

したがって、審決のように、上記「周知技術」から本願第1発明の容易推考性を判断することは誤りである。

エ 以上のとおりであるから、本願第1発明における「微小間隙」については、当業者が必要に応じて適宜設定しうる程度のものとみなすべきでないことは明らかであるから、当業者において、相違点〈1〉における本願第1発明の構成を容易に想到しうるものとした審決の判断は、誤りである。

第3  請求の原因の認否及び被告の反論

1  請求の原因1ないし3の各事実は認める。

同4は争う。

審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

2  取消事由についての被告の反論

(1)  取消事由1について

ア 請求の原因4(1)ア、イの事実(本願明細書において、特許請求の範囲第1項に本願第1発明が記載され、同第2項に原告主張のとおりの本願第2発明が記載されていること及び審決において、審判請求とともに手続の補正により追加された本願第2発明について、特に判断することなく、審判請求を成り立たないものとしたこと)は認める。

イ 特許法旧38条本文においては、特許出願は発明毎にしなければならないと定めるとともに、同条但書において、手続上の便宜からその例外を定め、二以上の発明であっても、特許請求の範囲に記載された一の発明(特定発明)に対し、同条各号に掲げる併合関係を有する発明については、特定発明と同一の願書で特許出願をすることができるとし、出願の際の手数や費用、手数料等を省くことを認めている。

また、同法49条においては、「……特許出願が次の各号の一に該当するときは、その特許出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。……」と定めている。

したがって、同法旧38条但書の規定による併合出願は、一個の特許出願中に二以上の発明が包含されているというにすぎないもの、すなわち、二以上の発明が一体となった一個の出願にすぎないものであって、そこにおいては、二以上の発明を一体として取り扱わなければならないものと解されるから、一の発明について拒絶の理由があるときは、その余の発明について拒絶の理由があるか否かにかかわらず、審査官、審判官は、同法49条の規定により、出願を拒絶すべきである。

そうすると、本件においては、本出願の特許請求の範囲第1項に記載された本願第1発明に拒絶の理由があり、原査定が妥当であって、審判請求に理由があるとすることができないものであるから、本願第2発明に拒絶の理由があるか否かにかかわらず、審判官においては、原告に対し、本願第2発明について拒絶理由を通知し、意見書提出の機会及び明細書について補正の機会等を与える等の必要がなく、また、審決において、本願第2発明に対し言及しなくても、その判断を遺脱したことにはならないものというべきである。

ウ また、併合出願がなされた場合において、二以上の発明のうち一の発明に拒絶の理由があるため、拒絶の理由のないその余の発明が、そのままでは特許を受ける可能性がなくなるとしても、併合出願の方法自体は、出願人が、自己の責任において納得の上で選択したものである上、出願人においては、一の発明に拒絶の理由があると判断するならば、特許請求の範囲から、拒絶理由のある発明を削除して、拒絶理由のない発明のみの請求に補正したり、拒絶理由のない発明を分割して新たな出願とすることができるはずであるから、併合出願に対する前記イの取扱いに不都合はない。

更に、本件における納付手数料の増加の点についても、特許出願人が、出願審査の請求をした後に、補正により、特許請求の範囲に記載された発明の数を増加させるときは、特許法上、その手続補正書を提出する際に、増加に係る発明の手数料を納付しなければならないものとされており(特許法195条2項、同法施行規則11条2項)、出願審査の請求後における、補正により増加した発明に関する手数料の納付については、補正の時期や期間によって何ら異なるものではなく、また、補正により増加した発明の取扱いについても、補正の時期や期間によって何ら異なるものではない。

エ なお、原告の主張する、特許法123条1項柱書及び同法185条の規定は、特許権が設定された後の法律上の取扱いを定めたものであり、特許出願手続中の取扱いについてのものではない。

また、審決は、本出願の拒絶査定に対する審判請求事件についてのものであるから、審査前置に関する特許法161条の2及び161条の3第2項の規定等は、審決に直接関係するものではない。

更に、原告のいう特許法47条、48条の2の規定は、特許出願審査についてのものであるから、これも審決に直接関係するものではない。

オ 以上のとおりであるから、審決には、原告の主張するような判断の遺脱はなく、何ら違法な点は存在しない。

(2)  取消事由2について

ア(ア) 特許出願に係る発明の要旨の認定は、特段の事情のない限り、明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてなされるべきである(最判平成3年3月8日参照)。

(イ) これを、本願明細書の特許請求の範囲第1項に記載された「微小間隙」についてみるに、「微小間隙」とは、「極めて小さい間隙」、すなわち、間隙の程度が極めて小さい間隙を意味することは、当業者であれば、直ちに一義的に理解できるところであって、そこには何らの不明瞭な点はなく、また「微小」が誤記であるといえるものでもない。すなわち、本願第1発明においては、特許請求の範囲第1項の記載から発明の技術的意義を明確に理解することができない等の特段の事情はなく、したがって、本願第1発明における「微小間隙」の解釈に関しては、明細書の発明の詳細な説明を参酌するまでもないものというべきである。

(ウ) この点について、原告は、上記「微小間隙」がどの程度の間隙を指すかについて、その記載からは必ずしも明確ではないと主張し、また、確かに、「微小間隙」の語句それ自体は、間隙の数値を具体的に特定するというものではない。

しかしながら、本願第1発明においては、内外両タンク間の間隙を微小間隙と表現することにより、その間隙の程度を明らかにしているものと解することができるのであり、そのため、上記「微小間隙」は、「極めて小さい間隙」を意味するものと一義的に理解できるところである。

したがって、本願第1発明の「微小間隙」を、原告主張のように、0.2ミリメートル程度の間隙を指すものと限定して解釈することはできないというべきである。

(エ) 更に、本願第1発明における「薄肉網シート」についても、同様に、それが、網シートの厚さの程度が薄いことを意味するものであることは明白であり、原告主張のように、「薄肉網シート」が約0.2ミリメートルの網シートであると限定して解釈することはできない。

イ 以上のとおり、本出願の特許請求の範囲第1項の記載における「微小間隙」については、「極めて小さい間隙」を意味するものと直ちに一義的に理解することができるところであるが、なお、ここで、本願明細書における発明の詳細な説明欄の記載についても検討を加えるならば、以下のとおりである。

(ア) 本願明細書の発明の詳細な説明欄における、「産業上の利用分野」、「発明の目的」、「発明の構成」、「発明の効果」の各項においては、内外両タンク間の微小間隙が0.2ミリメートル程度のものであるとの記載も、微小間隙を0.2ミリメートル程度のものとすることによる作用効果の記載も、ともに存在しない。

(イ) このような本願第1発明の目的、構成、効果等の項における記載及び本願第1発明の特許請求の範囲において、「0.2ミリメートル程度」や「約0.2ミリメートル」等の数値に何ら言及されていないことに鑑みるならば、本願明細書における発明の詳細な説明の記載を考慮したとしても、本願第1発明における「微小間隙」を0.2ミリメートル程度のものと限定して解釈できるものではない。

(ウ) なお、本願明細書の発明の詳細な説明中における「発明の実施例」の項においては、ポリ塩化ビニリデン等の厚さ0.2ミリメートルの網シートを用い、その上にガラスファイバーの布を密巻きするとともに、更にその上に不飽和ポリエステルを塗布して自然硬化させることにより外側タンクを形成して、約0.2ミリメートルの間隙を形成するとの実施例が記載されているが、これは、あくまでも、本願第1発明の一実施例にすぎないものである。すなわち、本願第1発明の特許請求の範囲の記載においては、網シートについても、「薄肉網シート」とするのみで、その厚さはもちろんのこと、素材や材質、構造を特定するものでもなく、また、間隙を形成する外側タンクに関しても、その素材や材質、形成手法を何ら特定するものでもない。

したがって、本願第1発明の一実施例に基づいて、本願第1発明における「薄肉網シート」が0.2ミリメートル程度の網シートであり、「微小間隙」が0.2ミリメートル程度の間隔を有するものであると認めることはできない。

ウ また、審決においては、内側タンクと外側タンクに相当する内側板と外側板との間に間隔を形成するため網状体を介在させることが、本出願前、周知の技術であったとし、その一例として審決摘示の周知例を示したものである。

このことを更に具体的に述べるならば、同周知例は、本願第1発明と同一の技術分野に属し、しかも、本出願日(昭和62年2月10日)の約5年も前に公開されたものであって、当該技術の分野においては十分に広く知られ得たものである上、2重壁容器等において、内外両側板間に間隔を形成するため、そこに網状体や発泡体等の多孔材料を介在させることが本出願前に周知の技術であったことは、例えば、乙第3号証(昭和55年特許出願公告第20947号公報)、乙第4号証(昭和57年特許出願公開第56246号公報)、乙第5号証(昭和56年特許出願公開第138564号公報)、乙第6号証(昭和49年実用新案登録願第139320号(昭和51年実用新案出願公開第64955号公報)の願書に添付の明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルムの写)、乙第7号証(米国特許第3372075号明細書)、乙第8号証(米国特許第4561292号明細書)等によっても明らかなところである。

したがって、上記のとおり、内側板と外側板との間に間隔を形成するため網状体を介在させることが、原告主張のように、本出願前に周知の技術ではなかったとすることはできない。

エ 更に、原告の、本願第1発明の「微小間隙」との関連における、審決摘示の周知発明及び引用発明の構造についての主張も、以下のとおり妥当なものとはいえない。

(ア) 原告は、審決摘示の周知発明の外側タンクについて、引用発明と同様に、鉄板を溶接したものであると主張する。

しかしながら、審決摘示の周知例においては、外側タンクの形成手法について格別記載されておらず、また、同周知例には、外側タンクの素材として、F.R.Pなどの合成樹脂材を用いる例が記載されているところであるから、F.R.Pを素材とする旨の記載のない引用例をもって、審決摘示の周知発明の技術を推測することは妥当ではない。

なお、本願第1発明においても、外側タンクについて、その素材や形成手法を格別特定しているものではなく、網状体と外側タンクについては、本願第1発明と審決摘示の周知発明とに何ら相違するところはない。

(イ) また、原告は、審決摘示の周知発明においては網状の芯体をハニカム構造とすることも可能とされていること及び同発明における吸上点検パイプ5の外径からみて、同発明の内側、外側タンク間の間隙2Cは、数ミリメートル以上のものであることが推定できると主張するが、審決は、引用例や審決摘示の周知例の記載から、網状体や内外両タンクの間隙を数ミリメートル以上又はそれ以下であると認定しているものではないから、原告の上記主張も当を得たものではない。

(ウ) 更に、原告は、審決摘示の周知発明の網状体について、シートとして内側タンクに巻き回されたものではなく、内側タンクに重ねたものであると主張するが、同発明の網状体は、シートとして内側タンクの外周を取り巻くように包囲する形状にあり、内側タンクの外周に巻き回されているものといえる。また、内外タンク間に介在させる種々の介在物を、内側タンクの外周の回りに巻き回すことにより形成することは、本出願前に通常一般に採用されているところである(前記乙第5ないし第8号証参照)。

(エ) 更にまた、原告は、引用発明の内外両タンク間の空間及びこの空間を形成するスペーサについて、数ミリメートル以上のものであることが想像されると主張するが、引用例においては、上記空間について、具体的な厚さや寸法が記載されている訳ではなく、審決においても、そのように認定しているところである。

また、出願当初の本願第1発明の明細書においては、本願第1発明の内側及び外側タンク1、3間に間隙2を形成するために、「例えば内側タンク1の外周複数個所に長さ約0.2mmの突起を設け、これらを覆うよう外側タンク3を例えば2つ割りにして覆せる。」(甲第2号証5頁5行ないし8行)との記載もなされていたところであり、なお、この記載は平成2年8月17日付け手続補正書により削除されたものの、上記記載に鑑みれば、引用発明におけるスペーサ、あるいは内外両タンク間の空間が数ミリメートル以上のものであるとすることは、格別根拠のある主張とは認められない。

オ 加えて、原告は、本出願当時の技術水準では、2重タンク間に間隙を形成するに際し、これを0.2ミリメートル程度の微小間隙とする思想は、技術的にも全く考えられていなかったところであると主張する。

しかしながら、本願第1発明における「微小間隙」を、0.2ミリメートル程度の間隙を意味するものと限定して解釈することができないことは、前述のとおりである。

また、2重構造タンクの内外両タンクの間隙を極めて小さく、ごく僅かの間隙とし、漏洩検知液の量を少なくして、検知精度を高めようとすることは、乙第1号証(昭和59年特許出願公開第142984号公報)や乙第2号証(昭和54年特許出願公開第108012号公報)の記載にあるとおり、本出願前に周知の事項である。

したがって、微小間隙についての上記思想が存在しなかったとする原告の主張は当を得たものではない。

カ 原告は、本願第1発明の薄肉網シートについて、使用時に潰れてもよいものであり、潰れたとしても、網目が微小間隙として残ると主張し、また、審決摘示の周知発明の網状体においては、芯体が潰れることは意図されているものではないと主張する。

しかしながら、本願明細書においては、本願第1発明の薄肉網シートについて、その素材、材質や詳細な構造等を特定しているものではなく、また、薄肉網シートの潰れや、潰れと間隙との関係、潰れと通気性との関係等についても何ら言及しているものではないから、薄肉網シートの潰れに関する原告の上記主張は、本願第1発明に何ら関係するものではない。

更に、審決摘示の周知例では網状体の潰れ等について何ら言及していないが、そこにおける網状体と、本願第1発明における網シートとは、ともに網目を備えだものであって、その間に何ら異なるところはない。

キ 以上のとおり、2重構造のタンクの内外両タンク間に網状体を配設して間隙を形成する技術は、本出願前に周知であり、また、引用発明のスペーサや審決摘示の周知発明の網状体、本願第1発明の薄肉網シート、本願第1発明の当初明細書における突起も、すべて内外両タンク間に間隔を形成するものである点では軌を一にするものであるから、引用発明のスペーサに代えて、審決摘示の周知発明における網状体を採用し、内外両タンク間に間隙を形成することは、当業者が、格別の困難を伴うことなく容易に想到しうる程度のことである。

そして、2重タンクの内外両タンク間の間隙を極めて小さく、ごく僅かの間隙とし、漏洩検知液の量を少なくして検知精度を高めようとすることもまた知られていた事項であるから、網状体、網シート、間隙の厚さや寸法をどの程度のものにするかは、本出願当時の技術水準を勘案するならば、当業者が、必要に応じて適宜設定しうる程度の設計上の問題にすぎないものというべきである。

したがって、相違点〈1〉についての審決の認定判断には何ら誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の各事実(特許庁における手続の経緯、本願第1発明の要旨、審決の理由の要点)については当事者間に争いがない。

また、引用発明の内容が審決記載のとおりであること、本願第1発明と引用発明との間に、審決記載のとおりの一致点と相違点が存在すること、相違点〈2〉についての認定判断が審決記載のとおりであることについても当事者間に争いがない。

第2  本願第1及び第2発明の概要について

成立に争いのない甲第2号証(本願第1発明についての特許願書添付の明細書、図面)、甲第3号証(平成2年8月17日付け手続補正書)及び甲第4号証(同年12月21日付け手続補正書、以下、一括して「本願明細書」という。)によれば、本願第1及び第2発明の概要は以下のとおりである。

1  本願第1及び第2発明は、漏洩検知機構を有する地下タンク、特にガソリン等の内容物の漏洩を検知する機構を有する地下タンクに関するものである(甲第2号証2頁7行ないし9行)。

2  従来の給油所等の油施設において、地下に埋設されているガソリン等の油タンクは、消防法の規定によりスチール製とされているが、このようなタンクは、一般に腐食しやすく、また、注油孔の直下の部分が注入油圧力によって孔が空きやすい(エロージョン)という欠点があった。

更に、タンクの外周をコールタール等の瀝青材で防錆したものにおいても、地上から浸透した油によって防錆層が溶解し、タンク外周が土壌腐食されやすいという欠点があった。

他方、このような地下に埋設されたタンクについては、その孔空きの事実を簡単に調査することができない(甲第2号証2頁11行ないし3頁3行)。

3  本願第1及び第2発明は、このような欠点を除去した漏洩検知機構を有する地下タンクを得ることを目的として、本願第1発明の要旨記載の構成及び請求の原因4(1)アに記載のとおりの本願第2発明の構成を採用したものである(甲第2号証3頁5行ないし4頁5行、甲第3号証2頁1行ないし3行、甲第4号証2頁1行ないし3頁2行)。

4  本願第1及び第2発明の実施例を別紙図面(1)に基づいて説明するならば、次のとおりである。

(1)  その構成については、第1図、第2図に示すように、例えば、内径約2メートル、長さ約6メートル、厚さ約6ミリメートルの円筒状スチール製の内側タンク1の外周を、約0.2ミリメートルの間隙2を介して、厚さ約3ミリメートルの強化プラスチック(FRP)による外側タンク3で覆った上、内側及び外側タンク1、3の上部から、同タンクを液密に貫通し、同タンクの底部位置部分において前記間隙2に開口する外径約80ミリメートル、厚さ約6ミリメートルのスチール製導管4を設ける。そして、この導管4内に、油より比重の軽い耐油性樹脂のフロート5を挿入し、フロート5の上部に、上方に延びる棒杆6を固定し、棒杆6の上部にその位置検知機構7を設ける(甲第2号証4頁7行ないし20行)。

(2)  内側及び外側タンク1、3間に間隙2を形成せしめるには、内側タンク1の外周に、例えば厚さ0.2ミリメートルの、例えばサランラップ(商標名)等のポリ塩化ビニリデン等の網シートを、間歇的に又は密巻きにする。また、前記外側タンク3を形成するには、前記網シートの上にガラスファイバー等の布を密巻きにし、その上に不飽和ポリエステルを塗布して自然硬化せしめる。このようにすれば、前記ガラスファイバーに不飽和ポリエステルが浸透し、これらが自然硬化して外側タンク3を形成し、かつ、前記ポリ塩化ビニリデンのシート部分が、約0.2ミリメートルの空隙を伴った間隙を形成するようになる(甲第2号証5頁4行ないし19行、甲第3号証2頁4行ないし7行、甲第4号証3頁3行ないし7行)。

(3)  本願第1及び第2発明に係る漏洩検知機構を有する地下タンクは上記のような構成であるから、もし、内側タンク1に漏れを生じた場合には、漏洩液体が、前記間隙2を介して、前記フロート5を押し上げるため、前記位置検知機構7を介して、この漏洩が検知される(甲第2号証6頁7行ないし13行)。

5  上記のように、本願第1及び第2発明に係る漏洩検知機構を有する地下タンクにおいては、極めて容易にタンクの漏洩を検知できるという顕著な作用効果を奏する(甲第2号証6頁15行ないし17行)。

第3  審決取消事由について

そこで、原告主張の審決取消事由について判断する。

1  取消事由1(本願第2発明に関する判断の遺脱)について

(1)  本願明細書の特許請求の範囲第1項に本願第1発明が記載され、同第2項に原告主張のとおりの本願第2発明が記載されていること、また、審決が、審判請求とともに手続補正により追加された本願第2発明について、特に判断を加えることなく、審判請求を不成立としたことは当事者間に争いがなく、他方、前出甲第2ないし第4号証及び弁論の全趣旨によると、補正により追加された本願第2発明は、特許法旧38条但書に基づいて出願(併合出願)されたものであることが明らかである。

(2)  ところで、特許法旧38条但書による併合出願の規定は、一発明一出願の原則に対する例外として、一定の関連性を有する複数の発明を、一通の願書に記載して出願することを認めたものであるが、その趣旨は、上記のとおり複数の発明が互いに関連することから、手続の便宜上、複数の発明を合わせて一個の出願とすることを認めたものと解きれ、原告主張のように、複数の発明について、複数の出願を一個の願書に記載することを許容したものではないというべきである。

そうすると、同条但書により併合出願された複数の発明は一体として取り扱うべきものであり、その一つに拒絶理由が存在するときは、同法49条により、その出願全体を拒絶すべきものと解さざるをえない(なお、同法123条1項及び185条においては、特許請求の範囲に記載された二以上の発明に係る特許又は特許権について、発明毎に判断されるべきことが定められているが、それらは、いずれも特許権が設定された後の取扱いを定めたものであるから、特許権を設定するための出願手続の一つである併合出願の解釈に影響を与えるものではない。)。

(3)  そうであれば、本件においては、後記2で判示のとおり、本願第1発明について出願を拒絶すべき事由が認められるところであるから、審決においては、本願第2発明について、審理、判断を加える余地がなかったものといわざるをえない。

したがって、審決が本願第2発明について何ら審理、判断を加えていないとしても、そこには判断の遺脱は存在しないものというべきである。

(4)ア  なお、この点について、原告は、審決において本願第2発明に対する判断がなされるべき理由として、特許法161条の2及び161条の3第2項の規定の存在をあげるが、上記条項は、審判手続において、更に審理を要する補正がなされた場合における審査前置の手続を定めたものであり、一方、本件は、上記のとおり、補正された発明について、そもそも審理判断を加える必要がなかった場合であるから、上記条項が当てはまるものではない。

イ  また、原告は、併合出願についての前記取扱いによるならば、補正により追加された本願第2発明について、特許庁において審理される機会を失うことになると主張するが、原告としては、本願第2発明を当初から別個の出願とすることや、本出願から分割して出願すること等も可能であったはずであるから、同発明について、手続の選択如何により審理の機会を得ることは可能であり、その機会がなかったものとはいえない。

ウ  更に、原告は、前記取扱いによるならば、審判手続において審理、判断されない発明についても手数料を納付することになるとして、その不合理を主張するが、特許法上、請求人が、出願審査請求後に特許請求の範囲に記載された発明の数を増加させる場合には、一般に、それに応じた手数料の納付を要すべきものとされており(特許法195条2項、同法施行規則11条2項)、本件における手数料の納付もその一場合にすぎないのであるから、そのことが、併合出願についての前記解釈に影響を与えるものとはいえない。

エ  原告の主張する特許法195条3項及び48条の2の規定も、発明の併合出願がなされた場合において、発明毎に審査がなされるべきことを示しているものとはいえない。

(5)  以上のとおりであるから、取消事由1についての原告の主張は失当というべきである。

2  取消事由2(相違点〈1〉についての判断の誤り)について

(1)  まず、本願第1発明における「微小間隙」について、それを、原告の主張するように、約0.2ミリメートル程度の間隙を意味するものと解することができるか否かについて検討するに、

ア そもそも、特許出願に係る発明の要旨の認定は、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか、あるいは一見して、その記載の誤記であることが発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなど、発明の詳細な説明の記載を参酌することが許される特段の事情のない限り、特許請求の範囲の記載に基づいてなされるべきものと解される。

イ これを、本願第1発明の特許請求の範囲に記載された「微小間隙」についてみるに、それが、微小な間隙、すなわちごく僅かな隙間を意味する語句であり、特定の数値を表わすものではないものの、語句自体の意義は、その記載から一義的に明確なものというべきである。

そして、後記(2)における本出願当時の技術的思想からみても、「微小間隙」の語句自体によって、当業者が、内側タンクからの漏洩が生じたときに速やかにこれを検知することができる程度の微小な間隙という意味において、本願第1発明の技術内容を理解することが可能であると考えられる。

そうであれば、本願第1発明における「微小間隙」については、本願明細書における特許請求の範囲の記載から、「ごく僅かな隙間」の意であることが一義的に明らかというべきであり、これを、原告主張のように、明細書の詳細な説明の記載を考慮して特定の数値(0.2ミリメートル程度)を表す趣旨と解すべき余地はない。

ウ なお、仮に、上記の「微小間隙」の意義について、本願明細書の詳細な説明の記載を考慮したとしても、前出甲第2ないし第4号証によると、内側タンクと外側タンクの間隙を0.2ミリメートル程度とすることは、前記第2、3ないし5において認定のとおり、本願第1及び第2発明の目的、構成、作用効果の説明中にはなく、単にその実施例における態様として記載されているのみであることが認められるから、上記記載に基づいて、本願第1発明における「微小間隙」を、約0.2ミリメートル程度の間隙を意味するものと解することができないことは前記イと同様である。

(2)  そして、成立に争いのない乙第1号証(昭和59年特許出願公開第142984号公報)によると、同号証は、「2重タンクの製造方法」の発明に関するものであるが、そこでは、従来技術について、「このような2重タンクでは、内側タンクおよび外側タンクが破損ないし損傷したことを検知するために、内側タンクおよび外側タンクの間の空間に連通する液位計を設け、空間に検知液を充填し、内外両タンクのいずれが破損しても検知液のレベルが低下することによって検知するようになっている。」(1頁右下欄8行ないし14行)と記載され、また、同号証記載の発明について、「内側タンクおよび外側タンクをそれぞれ構成する胴部および湾曲板はいずれも突合せ溶接で連結されており、胴部および湾曲板の間の空間は曲率の差や溶接余盛りの突出等によってごく僅かの間隙に形成される。したがって、その空間はきわめて小さく、検知液の量もすくなくてすみ、温度変化による検知量の体積変化が少くまた僅かな破損が生じても、すなわち漏液量が少くても、液位は大きく変化できる。」(2頁右下欄7行ないし15行)と記載されていることが認められ、また、成立に争いのない乙第2号証(昭和54年特許出願公開第108012号公報)によると、同号証は、「二重底タンク等の漏洩検出排出装置」の発明に関するものであるが、そこでは、同号証記載の発明について、「本発明は、二重底構造をもつタンク或はサンブの二重底内の流体の漏洩を検知し、これを排出する装置に関する。」(1頁左下欄13行ないし15行)、「第1図において、サンブ1は内壁面2と外壁面3とから成る二重壁構造体により形成されていて、地中4に埋設建造されている。内壁面2と外壁面3との間には、少許の間隙5が形成され(略)」(1頁右下欄18行ないし2頁左上欄1行)と記載されていることが認められる。

上記の各記載からみるならば、本出願日(昭和62年2月10日)前においても、2重構造のタンクについて、内側タンクと外側タンク間の間隙をできる限り小さくすることにより、内側タンクからの漏洩の検知精度を高めることが望ましいとする技術的思想が存在していたことは明らかである。

したがって、2重構造のタンクにおける内側タンクと外側タンクの間隙を、上記(1)のとおり「微小間隙」とすることが、技術的思想として新規かつ格別のものであると評価することはできない。

(3)  更に、成立に争いのない甲第17号証(審決摘示のの周知例)によると、同号証に記載された発明(審決摘示の周知発明)は、その名称を「地下石油タンク」とするものであり、また、同号証においては、上記発明の内容として、次のとおり記載されていることが認められる(別紙図面(3)参照)。

「F.R.Pなどの合成樹脂材、耐蝕性を有する金属材などを素材としてなるドラム体の上面にマンホールを形成してなる石油タンク体において、上記ドラム体の胴部、側板部とも網状体などの芯体を中心に内側板と外側板を重ねて流路用間隔が形成され、上記マンホールに上端を開口せしめた吸上点検パイプの下端は上記流路用間隔を通って上記石油タンク体の底部付近で開口せしめられ、かつ、上端をマンホール内に開口している静圧パイプの下端は上記流路用間隔に開口せしめたことを特徴とする地下石油タンク。」(特許請求の範囲の記載、1頁左下欄5行ないし15行)

「上記ドラム体の胴部2A、側板部2Bとも網状の芯体4を中心に内側板2A’、2B’と外側板2A”、2B”を重ねた2重構造とし、両板間には流路用間隔2Cが形成されている。」(1頁右下欄10行ないし13行)

「この芯体4が網状であるから上下左右に連通し、かつ、この網状体の厚さ4Cが間隔2Cの寸法となる。」(2頁左上欄10行ないし12行)

「仮にタンク内の液が漏出しても、また、タンク外から水が浸透しても、流路用間隔2Cに入り、タンク体底部にたまる。このような異常は上記パイプ5を吸引することにより、漏出液や浸透水を確認することができる。」(2頁右上欄2行ないし7行)

上記記載によると、審決摘示の周知発明は、本願第1発明と同一の技術分野に属する、2重構造の地下タンクについての発明であり、また、そこにおいては、本願第1発明における内側タンクと外側タンクに相当する内側板と外側板の間に、網状体等の芯体を介在させ、内側板に巻き回して、両タンク間の間隙を形成する構成とされていることが認められる(なお、原告は、審決摘示の周知発明においては、芯体を内側タンクに重ねるものであり、巻き回すものではないとも主張するが、同発明においては、上記芯体を「重ねる」ことの中に、当然芯体を巻き回すことも含むものと解される。)。

そして、審決摘示の周知例が、本出願の約5年前である昭和57年5月に既に出願公開されたものであることのほか、成立に争いのない乙第3号証(昭和55年特許出願公告第20947号公報)、乙第4号証(昭和57年特許出願公開第56246号公報)、乙第5号証(昭和56年特許出願公開第138564号公報)、乙第6号証(昭和49年実用新案登録願第139320号(昭和51年実用新案出願公開第64955号公報)の願書に添付の明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルムの写)、乙第7号証(米国特許第3372075号明細書)、乙第8号証(米国特許第4561292号明細書)の記載によると、同号各証においては、いずれも、二重壁を持つ円筒状の容器について、内側容器の外周に介在物を巻き回して間隙を形成する方法が示されていることが認められ、その方法自体は本出願前周知のものであったというべきであることを考慮するならば、本出願当時において、審決摘示の周知例に記載された、前記内側板と外側板との間隙を形成するための技術内容、すなわち、2重構造のタンクにおいて、内側タンクと外側タンクの間隙を形成するために網状の芯体を介在させるとの技術内容は、既に周知の技術であったものと認めるのが相当である。

なお、この点について、原告は、上記周知技術を示す公知文献としては審決摘示の周知例が存在するのみであるとして、上記網状の芯体を介在させる技術が周知技術に該当するものではないと主張するが、技術の周知性を認定するにあたっては、必ずしも訴訟経過に現れた公知文献の数のみによるものではないというべきであるから、原告の上記主張は失当である。

(4)  以上の(1)ないし(3)の各事実を合わせ考慮するならば、引用例記載の2重構造のタンクにおいて、内側タンクと外側タンクの間隙を、引用発明のスペーサによる構成に代えて、本願第1発明のとおり、内側タンクの外周に薄肉網シートを巻き回して形成することは、当業者において、周知技術から容易に想到しえたものというべきであり(なお、その際、原告主張のように、本願第1発明における上記網シートが潰れることになるとしても、そのことから上記の想到の容易性が否定されるものではない。)、また、その間隙を「微小間隙」(ごく僅かな隙間)とすることも、それが具体的な数値に限定されるものではなく、かつ、それが、当業者における2重構造のタンクについての一般的な技術的思想に沿ったものであることからみるならば、当業者において、必要に応じ、適宜設定することに格別の困難があったものとは認め難いところである。

したがって、相違点〈1〉に係る本願第1発明の構成は、当業者が、引用発明及び周知技術から容易に想到しえたものというべきであるから、この点についての審決の判断に誤りはなく、原告の取消事由2についての主張も理由がない。

3  なお、原告は、審決が、本願第1発明の作用効果の顕著性を否定したことをも争っている(請求の原因4冒頭における審決の理由の認否)が、本願第1発明の前記第3の5認定の作用効果は、当業者であれば、その構成から当然に予測しえた程度のものというべきであり、また、前記2のとおり、本願第1発明の構成を採用することについて格別の困難性も認められないところであるから、その作用効果を特段のものと認めることができないことは明らかである。

第4  以上によれば、審決には原告主張の違法はなく、その取消しを求める原告の本訴請求は理由がないものというべきであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

別紙図面(1)

図面の簡単な説明

第1図は本発明漏洩検知機構を有する地下タンクの縦断正面図、第2図は縦断側面図である。

1・・・内側タンク、2・・・間隙、3・・・外側タンク、4・・・導管、5・・・フロート、6・・・棒杆、7・・・位置検知機構、8・・・タンクソケット、9・・・磁性体又は磁石.

〈省略〉

別紙図面(2)

図面の簡単な説明

第1図は本発明を実施した二重タンクを横断面で示す給油所の側面図、第2図は第1図に示す二重タンクの縦断面図、第3図は他の実施例を示す二重タンクの縦断面図である。

1……内側タンク 2……外側タンク 11……直管

A……二重タンク

〈省略〉

別紙図面(3)

図面の簡単な説明

図面は本発明の一実施例を示すもので、第1図は正面図、第2図は同上のA-A線拡大断面図、第3図は第2図のB-B線断面図、第4図は芯体の斜視図、第5図は内側板と外側板との関係を示す拡大断面図、第6図は芯体の他の実施例を示す斜視図である。

1……地下石油タンク 2……ドラム体

2A’、2B’……内側板

2A”、2B”……外側板

2C……流路用間隔 3……マンホール

4……芯体 5……吸上点検パイプ

6……静圧パイプ

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例